Vol.7 絶対的スペシャリティカー -1969 Albany Virgo-
アルバニー ヴァーゴ
アメ車黄金時代をリードした1台
世の車好きたちの間での一般的なアメ車黄金時代といえば、間違いなく1950〜1975年の事を指す。当サイトでも紹介したデクラス・トルネードをはじめとしたド派手な車が市場を席巻した1950年代から、マッスルカーの誕生と終焉までを含むおよそ25年間の間に生まれた魅力的なアメリカ車達は、今も色褪せること無く自動車産業の絶頂期を象徴する存在として我々を夢中にさせ続けている。
さて、1960年代も中盤に差し掛かると、それまで人気だった派手なテールフィンのクーペたちは、市場から求められなくなっていた。派手なモノ程飽きられるのは早いという話である。
食傷気味だったアメリカ国民たちの前に1967年、アルバニー社は1発の強力な爆弾を投下する。
───ヴァーゴである。
基本的なスペック
販売期間:1967-1970年
駆動方式:FR
乗車定員:5名
エンジン:429cui(7.0ℓ)OHV V8・472cui(7.7ℓ)OHV V8・500cui(8.2ℓ)OHV V8
変速機:ターボハイドロマティック3速AT
ホイールベース:3,000mm
全長:5,600mm
全幅:2,030mm
車体重量:2,135kg
黄金時代最大の転換期の立役者
ヴァーゴは1967年、アルバニー社のフラッグシップモデルとしてその年の国際自動車展覧会に出展されると、たちまち大きな話題を呼んだ。それまでのアメリカ製高級車のデザインとは一線を画す、落ち着きを持ちながらエレガントで、その上スポーティな印象を与える全く新しいスタイルのデザイン。50年代の栄光にすがり、未だ航空機モチーフの派手な装飾の名残を残していた他社の車たちを全て過去のものにし、世界中の自動車のデザインに大きな影響を与え、その後のアメリカ車デザインの大きな礎を築く1台となったのである。
↑[直線を基調としながらも、ダイナミックな動きを持つ独特なデザイン。クロームパーツの割合もかなり抑えられている。]
デザイナーはBilly Mitchell。アメリカを代表するカーデザイナーで、長年アルバニー社に魅力的なアイデアを提供し続けた彼の最高傑作の1台がヴァーゴだと言われている。
↑[Billy Mitchell 1912-1988]
レーシングチームにも所属していた彼は、当時ハイペースで進化していたレーシングカーの空気力学的インスピレーションを、アルバニー社の最新フラッグシップモデルに持ち込むことで、全く新しいスタイルの車が生まれると考えたのである。結果、ダイナミックかつ直線的な、まるで宇宙船の様な斬新なボディラインを生むことになる。このスピリットは、後に生まれる高級車やマッスルカーたちに多大な影響を与え続ける。
↑[全くもって斬新な形状のテールランプ周り。多次元に形作られたパネルとテールランプをクロームのモールで取り囲んでいる。斬新である上に、パネルごと取り外せるため灯火類のメンテナンスや交換も容易であった。]
↑[鈍重な車体のハンドリングを強化するため、1968年以降採用された、よりワイドなタイヤとそれに伴うクロームで縁取られたオーバーフェンダーが装着され、よりスポーティな印象を持つようになる。独特なデザインのオリジナルホイールは今やマニア垂涎モノの貴重な品。]
実際に乗ってみた
ドアを開けると待ち構えていたのは、艶めかしいジェット・ブラックのインテリア。この車以降、各メーカーの高級クーペたちがこぞってスポーティなバケット調リクライニングシートをオプションで用意するようになったという。
↑[リアシートからの外の景色はほとんど望めない。オーナーであるドライバーのためだけのスペシャリティカーなのだ。]
エンジンをかけ、発進してみよう。ヴァーゴは3年間の販売期間で4度のマイナーチェンジを経ており、'68年にそれまでの7.0ℓに加え、7.7ℓのエンジンがラインナップに登場している(最終年の'70年には8.2ℓ(!)のモノまで登場する)。
2tを優に超える車重をグイグイ引っ張る375馬力の7.7ℓV8。馬力にすれば当時最もハイパフォーマンスなクーペである。
↑[強烈なトルクを生む7.7ℓV8 OHV。カタログ値は0-100km/hは9.6秒、最高速度は192km。ボンネットの形状も独特で、エンジンの1番背が高い部分を隆起させ、それ以外を低くするというデザインもレーシングカーの世界でのアイデアを取り込んだもの。]
アクセルを強めに踏み込むと、リアが大きく沈み込む程の強烈な加速。7.7ℓの375馬力なんて、当時のレーシングカーでもなかなか無いスペックだ。
3速ATのギア比も、街乗りに1番適した速度帯の頃合に2速のオイシイ部分が来るように上手く味付けされている。さすがはアルバニーと言ったところか。 ゆったり走れば、その大排気量大馬力のV8が単なるパワーのひけらかしではなく、最も優雅にヴァーゴを走らせるのに適したパフォーマンスであることがわかる。それでいて猛烈な腕力を持つ事をおくびにも出さず、全くストレスを感じさせない程に静かに駆動するのだ。確かな強さを持っているにも関わらず、それを振りかざすことも無く粛々と紳士でいるなんて、コミックのキャラクターでもそうそういない存在ではないか。
↑[ATの高級車はコラムシフトが主流の当時には珍しいフロアシフトタイプ。時代遅れに見えるかもしれないが、スポーティさを押し出して他社との差別化を図った結果であると言われる。確かに、マッスルカー然としているこのインテリアに、コラムシフトかえってはミスマッチな気がする。]
↑[最高級車の特権として、ヴァーゴは当時としてはかなり早い段階でカーラジオを搭載しており、テールにはラジオアンテナが生えている。当時の若者の間でダミーのアンテナを愛車に取り付けるカスタムが流行ったそうだ。]
総評
これまでこの車、延いてはスペシャリティカーというカテゴリーの車自体を魅力的なモノのように紹介してきたが、それらの多くが共通する事象に、ドライビングにおけるクセの強さがある。当たり前の話だが、それらの縦にも横にも巨大なボディは都心部でのドライブではかなり気を使うし、多くのモデルはスタイルを重視したことによりリアバンパーは後輪より遥かに後ろにあるため、ショッピングモールの駐車場で車止めまでバックで行った結果テールが背面の壁にドン…なんてことも十二分に有り得る。オマケに視界の良くないリアウインドウに、エアコンの無い車内に容赦なく侵入してくるV8エンジンの熱気。2018年の基準で見たら、こんなめちゃくちゃな車たちが存在した事すら信じ難い。
ヴァーゴの24,582台の販売台数が多いと感じるか少ないと感じるかはあなた次第であるが、その後のアメリカ車に長らく影響を与えた存在であることは事実。2ドアのクーペ自体が現代の自動車の需要にまったくそぐわない存在であることは誰の目にも明らかであるが、「だからこその高級クーペ」である。1960年代から70年代のアメリカ車乗りたちは、それを1つのステータスだと捉える心はまだししっかりと持っていた。欧州や日本の自動車業界が1度も手に入れたことの無いステータスを…
この機会に、あなたの中の本当に「いいクルマ」の基準に少しでも影響を与えられたのなら、これ幸いである。