Vol.13 ポケット・フォーミュラカー -'96 BF Raptor 14R-
BF ラプター 14R
3輪の乗り物の魅力
少数派ではあるものの、3輪のオートバイ「トライク」は数多く存在する。トライクはバイクにも自動車にも無い独特の存在感があり、何物にも変えがたい魅力を持っている。バイクの爽快感を持ちながら車のように安定した走り心地。「中途半端だ」「そんなのは車/バイクで良いじゃないか」なんて意見は全く野暮な話であり、トライクにはトライクにしかない楽しみがあるのだ。
今回ご紹介するのもそういった3輪の乗り物であるが───どうやら少し様子がおかしいようだ。
基本的なスペック
販売期間:1996年〜
乗車店員:2名
駆動方式:MR
エンジン:1.4ℓ 並列4気筒 197ps
変速機:6速シーケンシャル
サスペンション:前 ダブルウィッシュボーン 後 スイングアーム
全長:3,500mm
全幅:1,980mm
ホイールベース:2,285mm
車体重量:472kg
名を“ラプター”
BF社は実に20年以上前からこの車を製造している。コンセプトは極めてシンプルで、「大型バイクのパワフルなエンジンを搭載した二人乗りの三輪車」というもの。驚くべきはそのフォルムで、空力を考慮した流線形のボディに前2輪後1輪という衝撃的なルックス。
この車にラプター(小型の肉食恐竜)と名がついているのは何故か?単に見た目?俊敏に暴れ回って我々に襲いかかってくるから?
とにかく、怖がらずに近づき、彼との対話を試みる。
↑[顔付きはその名の通り小型の肉食恐竜といったもの。ライトの下部は大きくスキャロップされ、運転席側には「RAPTOR」のデカールが。ボディはFRP樹脂製。]
この車は当初からBF社が開発を行ったものでは無い。カナダ人の元F1エンジニア、ダニエル・カンパーニャ氏がコンセプトを手がけた三輪自動車のアイデアを、BF社が協力関係となり実現させたものである。故にこの車は最先端のモータースポーツ・テクノロジーがふんだんに使われた小さなF1マシンなのである。
↑[エンジンはシッツ社製大型スポーツバイク「ハクチョウ1400」の1400cc4気筒エンジンをミッドシップに搭載。足回りもそのままごっそり流用し、197psものパワーを幅295mmのリアタイヤが路面に伝える。]
↑[クロームモリブデン製ロールケージがそのままボディ上半身の外装を担当。面積の小さな屋根は雨天ではほんの気休めにしかならない。シートは専用のバケットシートに4点式シートベルト。]
↑[非常に簡素なインテリア。メーター周りもハクチョウ1400からの流用。ギアはハクチョウ用トランスミッションにリバースを追加したシーケンシャルシフト。]
↑[カーボンパーツがふんだんに使われたサスペンション周りは、フロントヘビーになりすぎる事を考慮した結果。]
実際に乗ってみた
正直、かなり怖い。今回協力してくれたBF北米代理店本部のDepoystaer氏に、「なるべくバイクウェアに近い上着と、厚手のドライビンググローブをお持ち頂くことをおすすめします。」とういう連絡を受けて、「一体どんな恐ろしい乗り物が待っているんだ?」と内心ビクビクしながらやって来たのだ。筆者も大型のオートバイを所有していた事はあるが、それはアメリカンタイプであったわけで、ラプターは200mph(320km/h)で走ることができる大排気量レーシングバイクのエンジンを積んだ乗り物である。いくら3輪とはいえ、上手く転がせる自信はない。
待ち合わせ場所に向かうと、もうそこにはアイドリングを充分にし、いつでも飛びかかってくる用意のできたラプターが待っていた。体がジトっと汗ばむ感覚がする。
まずは担当者が運転し、筆者は助手席へ。簡単な操作説明を受け、「踏み込み過ぎないように」とだけ言われバトンタッチ。
1400ccの大型バイク用エンジンが両足の間ではなく背中のすぐ後ろにあるため、アイドリング中でもかなりやかましい。クラッチはかなり軽いが、エンスト対策のためバイクの時よりもアイドリング時の回転数を上げてあるそう。
次は筆者の番だ。
まず驚いたのが、その乗り心地である。一旦ステアリングを外し、バケットシートに腰を埋める。ほとんど寝そべるような形にポジションに収まった。気分はオセロット・スウィンガーのテストドライバー、ノーマン・デヴィスだ。
ステアリングを再び装置。
──なんて心地の良いドライビングポジションなのだろうか。ペダルを基準に少々のリクライニング調整をすれば、自然に腕がステアリングを握り、足も無駄のない動きがすんなりできる距離感にペダルが配置されている。少々の恐怖を覚えるような寝そべる形の姿勢も、なんの違和感も無く体が馴染んでいき、長時間の走行でも嫌気がさすことは無さそうだ。設計者のF1エンジニア時代の経験が存分に活かされていると感じた。
↑[ボブスレーにでも乗っているような視点の低さ。ドライビングポジションは格別に良いが、車通りの多い道では非常に怖い。]
発進。言われた通り踏み込み過ぎないように慎重にペダルを煽る。用意されたコースはロックフォードを少し北上した車通りの少ない山間部の道路。体が慣れ始めた頃、最初の上り坂に早速遭遇する。
深く踏み込む。その瞬間、タコメーターの針は急激にレッドゾーン目掛け突っ走り、回転数は一気に7、8、9000回転。慌ててシフトを手前に引き3速。軽いクラッチが非常に爽快だ。
上り坂を登っている感覚はほとんど無いに等しい。FRPとカーボンで極限まで絞られた、たった472kgの車体はまるでホバーで浮いているように傾斜をなぞっていく。
↑[剥き出しのフロントサスペンション部分は、運転席からもその構造や動きがリアルタイムで見える。メカ好きにはたまらない。]
ここにきてバイクウェアとグローブを用意するよう言われた意味を痛感した。屋根があるとはいえフロントウインドウは無く、また乗った者は上半身の左右どちらかの半分を車外に剥き出しにする事になる。つまり、自動車のようなシートにこそ座ってはいるが、ほとんどバイクに乗っている環境と変わらない条件を乗る人間に提示するのだ。
↑[すぐそこに路面。手で触れる距離である。]
曲がりくねる山道をスイスイとパスしていく。パワーステアリングでは無いが、ダブルウィッシュボーンの前輪サスペンションは路面のシェイプを上手くケアし、こちらのハンドリングにも素直に応えてくれる。ほぼバイクまんまの後輪も、300mm近い横幅とレンジの広いサスペンションは、路面の凹凸ときちんと分かりあい、決して跳ねたりしない。もしここがちゃんとしていない3輪の乗り物なら、瞬く間に路面の反抗を受けバランスを崩し、最悪斜め後ろ方向にひっくり返りかねない。
こちらのアクセルワークに100点で応えてくれるドライブトレイン。バイクと同じチェーン式とはいえレスポンスもシャープで、472kgの車体に載っていると考えれば余りにも凶悪なスペックである。0-60mphは3.9秒だというが、この乗り味で4秒足らずで60mphに達するなんて想像しただけで足がすくむ。
しかし、パワーときちんと対話し、そのスマートなハンドリングに勇気を出して身を預けることができれば、こんなに楽しい乗り物はない。取材中は1時間半ほど乗っていたが、45分程かけ体を慣らし、互いに心を開きあった後はとにかく楽しかった。キャリパーがディスクを挟む音すら聞こえてくるほど剥き出しの運転席も、ほかの車にはないドライバーとマシンとの一体感を生み、シートに両肩を強く押し付けてくる風も心地よく感じられる。
モンスターマシンがこちらの意思の通り体を動かし、手足のようにハンドリングできるようになったら最後、キーを担当者に返すのが嫌で仕方が無くなった。
↑[大きな丸目4灯のテールランプは、左右端の2つはウィンカーで、ブレーキ用のハイマウントランプも装備。車体が低いため、後方車両への視認性を向上させている。]
総評
小型の趣味用ビークルと言えば、本サイトで過去に紹介したカニス カラハリの例もあるように、昔からある程度一定した人気のあるカテゴリーである。後輪が単輪の二人乗り3輪自動車は1950〜70年代のヨーロッパ等でもそれなりに人気のある存在であった。が、それらとラプターは一線を画している。
FRPとカーボンで極限まで軽量化し、フォーミュラカー然とした流線形のボディに197psの1400ccのバイク用エンジン。スポーツカーでもバイクでも味わえないその乗り味は、さながら“ラプター”という独立したカテゴリーだと言っても過言ではない。
ラプターは今や世界中にファンが存在し、今日もその走りでオーナーを楽しませている。制御するコンピューターの一切を装備せず、培われたF1での技術で走りを高い次元にまとめ上げたラプターこそが、真の意味での“ピュアスポーツカー”だと言えよう。