Vol.18 受け継がれた“最高級”のプライド-1972 Dundreary Virgo “Classic Edition”-
ダンドリアリー ヴァーゴ “クラシックエディション”
アルバニーからダンドリアリーへ
「ヴァーゴ」という車は既に当サイトで紹介したアルバニー製のものがあるのでは?そう思う方もいるだろう。
1967年に誕生しアルバニーのエグゼクティブカー・ラインナップの一翼を担った名車「ヴァーゴ」。長大かつエレガント、そのスペシャリティな存在は一時代を築き、アルバニー社の飛躍に一役買った事は周知の事実であろう。
ではなぜその「ヴァーゴ」の名を冠する車がダンドリアリー社から発売されているのか?
あらゆる障壁や問題を乗り越え、アルバニー社製のものですら凌駕する程の評価を得るまでになったダンドリアリー製ヴァーゴの生涯を辿り、その実態に迫る。
基本的なスペック
販売期間:1972-1976年
ボディタイプ:2ドアハードトップ
駆動方式:FR
乗車定員:5人
エンジン:460cuin(7.5ℓ) V8 OHV
トランスミッション:ターボグライド3速AT
ホイールベース:3,060mm
全長:5,918mm
全幅:2,027mm
車体重量:2,390kg
ダンドリアリーとは
この車の話をする前に、そもそもダンドリアリーというブランドを存じなかった読者もいないとは限らないため、概要を辿っておこう。
ダンドリアリー社は1938年にデクラス社が一から立ち上げた自動車メーカーである。
当時から既に北米自動車業界はグループ化が著しく、特に現在まで続くデクラス・ヴァピッドの二大巨頭のいがみ合いは熾烈を極め始めていた。
双方は客層ごとにターゲットを絞ったブランド展開を行い、ダンドリアリーが位置していたポジションは、大衆向けのデクラス、最高位のアルバニーの間を埋める「上昇志向のある中流層」「余生を過ごす壮年層」「富裕層の足車」といった趣の物であった。
リリースした製品たちは構造面ではあくまでデクラス社製車両の拡大強化版と言えるもので、デクラスとほとんど同一のシャーシに、当時からのセールスポイントであったハイパワーなV8エンジンをさらに排気量拡大したものをラインナップに加え動力性能の優秀さを全面にアピールした。
エクステリアでは、デクラスと同様なトレンドを用いながらもボディプレスの曲面仕上げが繊細になり、モール類も増やされている傾向にあった。この傾向は戦前型の設計を踏襲した1948年モデルまで一貫していた。
最高速度90マイル級の性能は、当時競合する中級グレード車各車と十分に比肩しあう物であったという。
第二次世界大戦を経て、1950年代の自動車産業黄金期を迎える時期、次第にダンドリアリーはデクラスのスペシャル版グレードの様な立ち位置から、グループ最高位アルバニーの弟分的なポジションに移行していく。
[↑ヴィゲーロベースのクーペ「ヘレンバック」。同じベースのインポンテ製ルイナーがスパルタン&スポーティに振ったのに対し、各種豪華装備を見に纏い富裕層のコミューターとしてヒットした。]
共通のプラットフォームを使用するものの、デザインに多少の変更を加え別ブランドで高額で発売するという手軽な手法は商業的にかなりの成功を収め、後に「カリン」が「エンペラー」を立ち上げる際にも模倣された。
しかし、その戦略は裏を返せば「中間位置のブランドに中途半端で曖昧な存在というイメージをもたせやすい」という致命的な副作用も孕んでいた。ダンドリアリーはその長い歴史の中で、「デクラスの上位機種」という性格と「廉価版アルバニー」という性格の間を揺れ動いていたが、やがてそれらのブランドとの明らかな違いを打ち出せなくなり、販売不振に見舞われる事となる。
2000年代に入ると、ただでさえ苦戦を強いられていた国産メーカーらと共に売上下落に歯止めが効かなくなり、最盛期の半分を割る20万台にまで落ち込んでしまう。
北米でも2007年末に最後のダンドリアリー専売ディーラーが閉店し、2011年1月にその73年もの歴史に幕を閉じたのだ。
養子に出されたヴァーゴ
さて、話をこの車に戻そう。
発売された1972年と言えば国産車にとっては1950年代から続く好景気真っ只中であったが、その反面各メーカーはあまりに熾烈なしのぎの削り合いの中で試行錯誤と葛藤の日々を過ごしていた。
新しい車種が生み出されては消滅を繰り返し、メーカーが必死でキャッチしたユーザーからの要望は翌日の朝にはゴミ箱行き、そんな時代だったのだ。
その渦中でデクラス社は自身が抱える各ブランドのテコ入れに日々奔走していた。
当時、グループ内最高位のアルバニーは売り上げ面で多大な利益を及ぼしており、本来ダンドリアリーが売り込むべき中流層ユーザーも「どうせなら無理してでもアルバニーを」と考える傾向にあったという。
そのため、デクラスはダンドリアリーのグレードポジションを引き上げ、アルバニーとセットで売り込む方針を採った。販売店もアルバニーとダンドリアリーのどちらも扱うようにし、客側の要望やバックグラウンドを聞きいれ、適すると判断されたどちらかを熱心に売り込むという手法に舵をとる。
当時グレードも価格も青天井で上昇していたアルバニーはショーファードリブン(お抱えの運転手が運転し、オーナーは後席に乗る)としての性格を強める事が適切と判断され、代わりにドライバーズカー(オーナー自身が運転する車)として売り込まれたのがダンドリアリーである。
そして1972年、アルバニーが1970年まで生産していたスペシャリティ2ドアクーペ「ヴァーゴ」の次世代モデルを、ダンドリアリーブランドから発売する事が発表される。
グループ内ブランドとはいえ、別ブランドから後継モデルを、しかも同名で発売するという世界でも稀に見る例であるが、「別ブランドから別の名前で発売してしまうとかつてのヴァーゴを求めていたユーザーが離れてしまうのではないか」というデクラス社の意向が反映されたためと言われている。
実際に乗ってみた
いよいよ実走に入る。
乗る前にエクステリアをじっくり見てみよう。
この時代の車は概ねそうだし、先代のアルバニー製ヴァーゴも当然そうだったが、余りにも、余りにも大きい。
カタログの数値で驚き、実際に見て驚き、乗って驚く。6m弱ある全長に2mを超える全幅。アルバニーヴァーゴは幅こそ変わらないが全長は5,600mmだったので、実に300mm以上も長くなっている。かなり低いルーフも相まってその存在は付近の空気感を張り詰めた物にすらしてしまう。
[↑先代のダイナミックなボディラインは当然踏襲されているが、どちらかと言えばエレガントよりゴージャスと言った方向に進化している。悪い言い方をすれば少々「下品」とも言えるだろう。]
[↑スイッチ1つで動く収納式のラジオアンテナとビニールレザー張りのルーフ。ボディカラーは当時人気のペールブラウン。]
今回取材した車両は「ヴァーゴ クラシックエディション」と呼ばれる個体である。当時ヴァーゴは多少の仕様違いで様々なエディションを用意しており、中でも人気だったのがこのクラシックエディションである。
“クラシック”と名は付いているが、機構が古いわけでもクラシックを聴くのに適したスピーカーが付いているわけではない。
スタンダードモデルとの大きな違いは、カラーチョイスの可能なビニールレザー張りのルーフ、前輪ディスクブレーキ、電動格納式のラジオアンテナである。
ちなみに全グレードハードトップのみで、先代にあったコンバーチブルは用意されていない。
[↑大きく張り出したクローム仕上げのサイドリム。ウインカーが見えなくなるという批判を受け、'74年モデルからサイドマーカーが装着されるようになる。]
[丸い下部と四角い上部を持つ独特なプレスラインと、それを二分するクロームのモール。この頃には既にホワイトリボンタイヤは廃れていた。サイドミラーには曇り防止の熱線が入れられている。]
先代同様センターが大きく張り出したボンネットの下には、ボディサイズに違わぬ巨大なV8が鎮座する。
2バルブキャブレターに圧縮比8:2:1で最高出力は217ps。数値的にはかなり大人しくなった印象が否めないが、当時のカタログ上に並ぶ数字は最高速度120mph(190km/h)、0-60mph(0-100km/h)10.8秒と、同車格帯の中でも優れている方ではあった(但し燃費は4.8km/ℓ)。
その長いドアを開け車内へ。
ボディカラーと同系色で統一された総レザー張りの重厚感溢れる車内。既に高級車では一般的になっていたカーラジオやエアコンのスイッチ類は全てセンターコンソールに集約されている。
多くの同世代の車達が前席ベンチシートを採用している中、あえて独立シートを採用。横幅いっぱいに分けて配置されているため、広大なパーソナルスペースを感じることができる。
シートに腰を埋めると、心地はさながら高級ソファーのそれである。国土が広く、どこもかしこもきちんと舗装されているとは限らないアメリカの道路事情では、車はすべからくグランドツアラー(長距離航続に適した車)である必要があるわけだが、長時間座っていても疲労を感じさせにくいシートはアメリカ車が持つべくして持った揺るぎようのない特色であろう。
──が、しかし。
シートポジションから真っ直ぐ前に目をやる。
一体どこまでがボンネットなのか、どこまでがボディサイドなのか、まるで見当がつかないのだ。
─ゴージャスな装飾に身を固めたドレスでも、着た本人は右を左を絶え間なく確認し、裾を踏まれたり、ヴェールがシャンパングラスを倒したりしないか気を配る必要がある─。
6m弱の全長に対してホイールベースは3mちょっとしかなく(それでも余りにも長いが)、見た目の割に小回りが効く反面、残り3m弱はフロントタイヤの前とリアタイヤの後ろに贅沢にもたっぷり余裕を持たされて貼り付けてある。
つまり、対向車や正面の壁に突っ込む事を恐れず、予想よりワンテンポ遅くハンドルを切る必要があるという事だ。でなきゃ、左側の歩道に生えている信号機にそのクローム仕上げのくもり止め熱線入りサイドミラーを叩き折られることになる……
エンジンをかける。
セルモーターの音がやや大きい。
「ビーーーー」という音がどこからか聞こえキョロキョロと辺りを見回す。どうやらラジオアンテナが伸ばされる音のようだ。
エンジンサウンドは大排気量低回転のV8のお手本のようなもの。決して耳障りな音量ではないが、ピストンが上下運動を繰り返すのが全身に伝わってくるようだ。
それでは走ってみよう。
そのトルク、実に365lb-ftを誇る460cuinV8はデクラス製中型トラックのプラットフォームにも搭載されていたもので、217psという頼りなさげな数字からは想像もつかない程の力を持っている。アクセルを床までいっぱいに踏み込めば、こんな風にタイヤから白煙を立ち上げる事もやぶさかではないのだ。
テスト走行は郊外の林道からスタート。かなり傾斜のきつい登り坂もグイグイ登っていく。エンジンは変わらず大人しい音を保ったままだ。
オートマチックトランスミッションのキックが強めなところは、まぁ年代相応といったところだろう。趣として楽しむ他ない。
フワフワ、というよりブヨブヨとすら言えるほどにソフトな乗り心地はかなり賛否両論別れるところ。
ルート66を突っ走るならいいかもしれないが、街乗りだと少々ふわつきすぎな感も否めないだろう。
板バネ特有の突き上げ感は薄いが、反面、のんびりとワンテンポ遅れるような伸縮を繰り返す為、特に後席だと長時間のシティクルーズは苦痛を感じる人もいるかもしれない。乗り味から考えるに、恐らくそのゆとりあるシャーシ構成を活かし、前後に長いタイプの板バネを採用していると思われる。
しばらく涼し気な山間部をゆったり流す。
パワーステアリングの感度が非常に強いと感じる。
トラックにすら搭載されていた重厚な大排気量V8が鼻先に鎮座しているとは思えないほど、ハンドルは軽々と周り、ボディサイズに対してやや頼りないタイヤが慌てて向きを変える様が伝わってくるのだ。
頭では分かっているが、やはりハンドリングのテンポが難しい。辛うじて視界に入っている、張り出したボンネットのプレスラインが、自分の予想よりもうんと内側をなぞって進んでいく。
思い切って、トラックの様に曲がり角の前で一旦逆ハンドルを切った方が却って安全かもしれない。
この車に軽快な乗り味を求めるオーナーは居ないだろうが、あえて言うとすれば、かなりフロントヘビーな上にソフトなサスペンション、小さめのタイヤ、高めの車高、軽いステアリングはラフな運転をするとかなりヒヤヒヤさせる。
[↑細い道でのすれ違いは非常に気を使う。ここで堂々とできるオーナーだけがこの車に相応しいドライバーだと言うことか。]
ハイウェイに乗り込んでみるとしよう。
郊外では低く大人しい音しか聞かせなかったエンジンだが、合流での加速の為にアクセルを踏み込めば、荒々しく豪快なV8サウンドで楽しませてくれる。しかし、8本の巨大なピストンがエンジン内で行き来しているとは思えないほど振動は少なく、重厚なボディパネルと優秀なエンジンマウント、フロントサスペンションがきちんと仕事をしてくれているようだ。
搭載されている3速ATの味付けも丁度よく、スピードに乗ってしまえば現代の車に負けず劣らず、極めて快適である。長いホイールベースと広い車幅がもたらす直進安定性は非常に高く、電子制御に頼らずともストレスのないクルージングを提供してくれる。
当時のヨーロッパ車は当たり前のように5速のマニュアルトランスミッションを備えていることが当たり前であったが、アメリカ製の車は未だに3速オートマチックが定番であった。一定の速度で走り続ける場合には、変速の頻度が少ない分却ってそちらの方が快適であるという判断である。正直、カタログ値の最高速度120mphは本当に出るのか怪しいところではあるが…。
また、クラシックエディションに搭載されているフロントディスクブレーキ(当時のデクラス社上層部内ではドラムブレーキの方が優れているという風潮があったらしく、標準モデルには用意できなかった)もなかなかの制動力を持っており、2.4トンの車体をきちんと減速させる力を持っていると感じた。
郊外や街と街を繋ぐフリーウェイでの快適なコミューターとしてなら大して不便を感じることなく使え、現代の車より大きく劣っている点は(燃費以外で)皆無だ。
[↑巨大なグリルとそれに応じた巨大なラジエーターを搭載している為、冷却効率は抜群に良いのだろう。年代物のパワフルなエンジンでも、温度を気にしながら走るシーンは一切無かった事を思い出す。
古い国産車についてまわるオーバーヒート対策問題は、「巨大であればいい」というシンプルな回答がはじき出された結果になった。]
総評
さて、間が長らく空いたとはいえ、アルバニー・ダンドリアリー双方のヴァーゴをどちらも取り上げることが出来た当サイト、皆さんはお楽しみ頂けただろうか。
アメリカ自動車業界で最も優れたデザイナーだと言われたBilly Mitchellが手がけ、スペシャリティ・パーソナルカーの礎を築いたアルバニー製ヴァーゴと、数多の企業戦略によってバトンを託され、独自に進化したダンドリアリー製ヴァーゴ。
巨大で、豪華で、何より特別な存在感を持つ個人向けの高級2ドアクーペなど、はっきり言ってこの時代に一切必要とされていないし、必要とされる時代が訪れることも二度と無いと断言できる。
──だが、失われたものだからこそ、今新たにもたらされる価値があるのではないかと我々は考えるのだ。
車自体が持つ価値というモノは、時代が進むに従って常に変化を経てきた。パーソナル向けから大人数乗車が当たり前になり、より環境に優しく、より安全で、より運転がしやすい車が優れていると、そういう時代なのである。
その全てに対して逆を行くこれらの車は、もはや無用の長物以外の何物でもないと言えてしまえるだろう。だからこそ、その存在に価値を見出し、受け入れ、愛せる人が1人でも多く現れてくれることを我々は願うばかりだ。
──現に、その魔力に取り憑かれた人々が、世界中でこれらの車を未だに手放さず、堂々と胸を張って乗り回しているのだから。