Vol.19 唯一にして絶対的強者-2014 Declasse Coquette "Invetero Performance Edition"-
デクラス コケット インヴェテーロパフォーマンスエディション
北米唯一のスポーツカー
過去に当サイトで紹介したトルネードやドミネーター、はたまたアルバニーやインポンテなどなど、アメリカを代表する錚々たる名車たち。
しかしながら、それらの中でもトップクラスの存在がいることを知らないアメリカ人はいないだろう。きっと読者の皆さんの中にもこの車を心待ちにしていた方も大勢いたと思う。
──ご紹介しよう。北米唯一にして最強のスポーツカー、デクラス コケットである。
幾人かの声が聞こえてきた。「最近のドミネーターも今じゃ立派なスポーツカーだろう」「デクラスほど大きな会社じゃなくとも、スポーツカーを製造しているメーカーはアメリカにもある」「ブラヴァド社のバンシーを忘れてないか?」……
ごもっともだ、ちゃんとわかっている。
ただ、先に言っておくとするならば、ブラヴァド社のバンシーも既に取材済であり、この記事のアップロードから程なくしてそちらも公開する予定なのである。そちらでは「アメリカ製スポーツカー問題」を深く掘り下げた内容を扱うため、こちらと合わせてお楽しみいただきたい。
(似た車種を横並びにして、あわよくば善し悪しを数値化して比較しようなんて野暮な事をする筆者ではない。好きずきの別れがちな車はきちんと分別してじっくりレビューするのがモットーである。乞うご期待。)
「スポーツカー」を知ったアメリカ人
コケットは例に漏れず非常に息の長いモデルであり、初代は1954年に誕生している。
当時、第二次世界大戦の戦地となったヨーロッパ各地に終結後も常駐していたアメリカ軍兵士が続々と帰国。その際、イギリスのオセロットやデュボーシー、イタリアのランパダーティ等、現地で目にした“スポーツカー”をアメリカ自動車メーカーにも販売するよう求める声が多く挙がり、それらを実際に国内に持ち込む者も現れるようになった。
それまでのアメリカ自動車業界における“自動車”の立ち位置といえば、さながら大人数・大積載での長距離移動手段か、自らのステイタスを啓示する存在としての物が殆どで、「優れた走行性能を楽しむ為だけの、少人数しか乗れない高価格な自動車」と言ったものは一切造られていなかった。
その存在にデクラス社はいち早く目を付けた。
それが、1953年にプロトタイプが発表され、翌年にすぐさま発売が開始された初代コケット。
[↑たまたま取材地近くで遭遇した1954年式コケット。ホットロッド全盛期の中心的存在でもあったため、今尚多く流通するカスタムパーツに彩られた個体をよく見かける。]
2シーターレイアウトに全グレードオープンカー、流美なボディラインに低く構えたスタイルで如何にも速そうな印象を与えたが、その実態はさながらスポーツカーのイメージを押し出した「雰囲気車」のような感じは否めず、本格的なスポーツ走行を求めたユーザーの琴線に触れるものではなかった。
搭載されたエンジンも1920年代製の流れを存分に汲んだ120ps前後の直列6気筒エンジンで、それに組み合わされた2速ATも相まって、最高時速は100マイルすら怪しいものだったという(当時のオセロット社製スポーツカーは既に120マイルの壁を突破していた)。
それだけではない。当時最先端技術と謳われたFRP製のボディパネルも生産管理体制が整っておらず、熱や乾燥で容易に歪みやヒビ割れを引き起こし、工場出荷前から既にボディのチリ合わせが怪しいモノも散見された有様だった。
同時期にライバル社のヴァピッドも2シーターオープンスポーツカーの「ペヨーテ」を発売するが、コケットよりもスペシャリティカー志向が強かったモデルであり、最初のモデルチェンジの時点で既に4ドア車に作り替えられてしまった。他のブランドも同様にだんまりを決め込み続けた。
このような問題からも、いかにアメリカ自動車業界がスポーツカーを造る為のメソッドを持ち合わせていないか、また高価で実用性の少ないモデルに投資する事はリスクマネジメントの観点から避けられ続けたかがわかる。
しかしながら、デクラス社はめげることなくコケットの改良に日々勤しみ、果敢にモータースポーツに挑戦。ヨーロッパ各地のレースに出場しては本場のスポーツカーに苦しめられながら膨大な量のデータを蓄え、昇華し、最終期のマイナーチェンジ時にはついに300ps近いパワーを備えたV8エンジンを装備。充分な戦闘力を得たコケットは様々なレースで活躍し、アメリカ国民に“真のスポーツカー”の印象を植え付ける。
2代目コケットからはその根底にあったスペシャリティカーとしてのコンセプトをかなぐり捨て、空力特性に極限まで特化したエッジィなボディと400ps近い大排気量V8を搭載した正真正銘のスポーツカーを製造することができるようになる。
最新の2014年モデルまでハイパフォーマンスのアメリカ製スポーツカーという地位を揺るぎないものにすることに成功したのだ。
今回取り上げるコケットは最新式の2014年製モデルの中でも最もハイパフォーマンスな「コケット インヴェテーロパフォーマンスエディション(IPE)」。
世界各地の耐久レース・GTレースでグロッティやオセロット、フィスターらと真正面での殴り合いを繰り広げ、幾度となく優勝に輝いたデクラス社専属の最高峰チューニング部門「インヴェテーロ・パフォーマンス・ディビジョン」が手がけたモンスターマシンである。
基本的なスペック
販売期間:2014年-
ボディタイプ:2ドアクーペ
乗車定員:2名
エンジン:6.2ℓ 16バルブV8 OHV スーパーチャージャー
最高出力:659ps
駆動方式:FR
トランスミッション:7速MT、8速AT
サスペンション:前後ダブルウィッシュボーン
全長:4,515mm
全幅:1,970mm
全高:1,240mm
ホイールベース:2,710mm
車重:1,610kg
「マッスルカー」とは何が違う?
皆さんも好きだろう。「マッスルカー」というモノが。
その起源は1960年代。「若者でも買える安価でコンパクトなクーペに、不釣り合いとも言えるハイパワーなエンジンを載せた車」というコンセプトは今となっては姿をそれなりに変えてはしまったが、それらが魅力的であったことは今も昔も変わらない。
「アメリカ製でハイパワーな車なら全てマッスルカーなのでは?」。正直、完全に否定はできないと考えている。アメリカがヨーロッパのスポーツカーを本格的に意識しだしたのはそう昔の話ではなく、その上それらと対等に勝負できる車は決して多くはないと言えるからだ。
結局のところ、各メーカーが出したあらゆるハイパフォーマンスな車達は、実用車の姿を完全に捨てきれたモノは無いに等しく、どんなにハイパワーでも後席とラゲッジスペースとエアコンと柔らかめなサスペンションは頑なに手放さない場合が多い。速さのためにあらゆる犠牲を払うことを厭わないヨーロッパのスポーツカー勢を前にしてしまうと、やはりその隙を突かれてしまうのである。
だが我々は、そのなんとも言えない中途半端加減というか、ツギハギな感じにどうしようもない魅力を感じてしまうのだ。不思議なものである……。
では、コケットをご覧いただこう。
──人は2人しか乗らない、ラゲッジスペースはカーカバーでパンパン(しかもかなり丁寧に畳まないと入らない)、乗り降りに一苦労する程車体が低い。
その上なんと言っても、そのアグレッシブで他を寄せつけないほどエッジの効いた流線型なボディラインはスポーツカーのそれで無ければ何だと言うのだろうか。
[↑ただでさえバツグンの存在感をさらに引き立たせるカーボン製エアロパーツの数々。]
初代で痛い目を見たものの、日々の改良を経て今日までFRP製ボディを貫き通したデクラス社に拍手を。もちろん各部に歪みやズレのひとつもなく、奥深いパールセントを持つダークレッドの丁寧な塗装も相まって実際に手で触れるまでFRPだとは気づかなかったほど。それでもなお車体重量は1600kgを超える。
[↑バッサリとソウドオフされたテール部は、下方に行くにつれリアタイヤ方向に直線的に収束していく独特なスタイル。こちらも脈々と受け継がれるコケットのデザインコンセプトの一部だ。]
[IPEの為に用意されたカーボン製ホイールはボディカラーに合わせたモールディングが施される。タイヤはアトミック製スポーツタイヤ・フライラップZPを標準装備。]
[↑通常モデルのコケットは写真のようなタルガトップ状態にする事ができる機構を備えているが、ボディ剛性や車重の観点からIPEには用意されておらず、代わりにドライカーボン製ルーフを装備している。]
[↑INVETEROの“INV”を模した意匠のエンブレムがノーズに誇らしげに光る。このモデルのみに許された特権だ。]
実際に乗ってみた
いよいよご対面だ。高鳴る鼓動を抑えつつ車内へ。
その派手なエクステリアに比べ、インテリアはかなりシンプルにまとめてあるというのが第一の印象。そしてなにより、正真正銘スポーツカーの“コクピット”なのだと感じたのが強い。
アシンメトリーのダッシュボードは全てのスイッチ類がドライバー側を向いており、「この車の主導権は全てドライバーが握っている」と啓示しているようだ。
その点ステアリングは昨今の基準に基づいたエアバッグを搭載しており、それは助手席側も例外ではない。スウェード調のバケットシートの周りには余計なクリアランスはなく、居住空間の割に少々窮屈に感じる。これこそがスポーツカーの運転席だろう。
シートに腰を埋める(というか、滑り込ませる)。やはりクラッチはそこそこに重たく、何度も何度も足を往復させ、クラッチミートを体に刷り込んでいく。
さあ、獣を起こす時間だ。
ボタン一つで起こされた獣は、寝起き一番、凄まじい咆哮を挨拶代わりに轟かせた。筆者が最も愛す、V8OHVの甘美な咆哮だ。
ドロドロドロドロ……と、地響きのようなアイドリングで車体を微かに揺らす。鍛造アルミ製ピストンやチタン製吸気バルブを備えているとは言え、2バルブOHVは変わらず歴史を刻んできた重みのある音を聞かせてくれる。この時代にハイパフォーマンススポーツカーのエンジンにこれをチョイスしたデクラスに敬意を表したい。
自社製の8段ATも設定されるものの、今回のテスト車は7段MT仕様。0-60mph加速タイムは、MT仕様が3.2秒でAT仕様が2.95秒という発表値。このモデルもATの方が速い……というより、昨今のスポーツモデルはほとんどがこうした傾向で、「わざわざ面倒で、遅い方を選ぶのか」と言われるのでは、MT派はますます肩身が狭くなってしまいそうだ。
しかし、実はそうしたタイム差は、変速ロスが影響しているわけではない。このモデルのMTは、1速ギアが60mphまでをカバーするハイレシオの持ち主であるためだ。
ポジションによっては手首の動きのみで操作が可能な、思いのほかに優れたフィーリングのシフトを操りつつ、60mph走行時のエンジン回転数を読み取ると7速が1200rpm、6速が1800rpm、5速が2100rpm、4速が2600rpm……と、ここまでが3000rpm以下でクリアできてしまう。
さすがに、“クルージングギア”の7速ではさしたる加速は利かないものの、それより下のギア位置ではこうした回転数でも、それなりに実用的な加速力が得られることも確認できた 。
Xブレーシングを備えたアルミニウム製フレームは従来のモデルより60%の剛性UPを果たしたと言い、トランスアクスルレイアウトの持つ理想的な前後重量配分と相まってそのハンドリングは非常に素直でシャープ。
特にコーナーから脱出する際の加速や、急減速からのコーナー進入などバランスが崩れがちなアプローチをしても、多少のアグレッシブさを残しつつも完璧にこちらの要求に答えてくれる。
“旧態依然”、“古きよき”の言葉が似合う、もはやアイコン化されたと言っていいOHVエンジンシステムにばかり注目がいきがちなのはやむを得ない。しかし、コケットは非常に優れたコーナリングマシンであることも忘れないで欲しい。
[↑今まで取り上げてきた車たちはスポーツカーとは言い難いクセのあるモノが多かったため、筆者はこの車でコーナーを抜けるのが楽しくて仕方がなかった。]
ややオーバースピード気味にコーナーへ進入し、しっかりとブレーキング。もちろんタイヤがロックすることもなく、鼻先がふらつくことも無い。
ブレーキから足を離し、慣性に任せてコーナーをいなす。ひとたびアクセルを煽れば、テールがグイッと前に出ようとするオーバーステアの感覚。FRスポーツカーでしか味わえないフィールだ。
ストロークが長く重いクラッチにコテンパンにやられながら街を抜け、ハイウェイに乗り込む。
コケットは「サイレントモード」という形態を持っており、ボタン一つで一気にエンジンが静かになる。3速以降での発進をすれば、深夜の住宅街でならまず隣人トラブルにはならないほど静かである……が、3500rpmを超えた途端勇ましい咆哮を響かせるため注意が必要。
耐久レースやGTレースでヨーロッパ製スポーツカー相手に暴れ回ったとはいえ、やはりターゲットは長大な都市間道路を股にかけて走るアメリカ自動車市場。クルージングギアの7速に入れてしまえば、非常に静かでストレスのない巡航を提供してくれる。
スウェード調のシートはバケットタイプとはいえクッションは厚く、ハリのある表面が体にフィットして支えてくれる。速さのためにあらゆる犠牲を払うことが当たり前の高性能2シータースポーツカーで、この乗り心地は世界屈指の出来ではないだろうか。
道路状況によって車速を落としたり、逆に瞬発的な加速で前の車を追い越したりといったシーンもあるだろうが、660ps・トルク89.8kgmのパワーを誇るスーパーチャージャー付きエンジンは、7速のままでその全てをこなしてしまう。渋滞に巻き込まれさえしなければ、合流から降りるまでシフト操作をする必要すらないのだ。そう考えると、ハイウェイ走行時のカタログ燃費マイル/22ガロン(ℓ/9.4km)というまずまずな数字にも頷ける。
最初目にした時は「7段もあってこのご時世にパドルシフトではなくレバーシフトかぁ」なんて思ったものだが、どちらかと言えば「スポーツ走行ギア6速+高速巡航ギア1速」という捉え方が正しいのかもしれない。だとしたら、圧倒的にレバーシフトが好きな筆者はとても嬉しい。どうか生き残ってくれ、レバーシフトよ。
また、その1.2m程度のペシャンコな車体からは想像もつかないほど車内からの見通しが良いのも素晴らしい。
2m近い車幅の割にかなり絞り込まれたルーフはドライバーにそれなりの圧迫感を与えるが、節々が隆起したカウルは視界に積極的に入ってくるためボディ周りの距離感も現実味があり、死角の多そうなリアカウル周りもサイドミラーでそれなりにカバー出来ていると思う。とある機会で乗ったベネファクター・シュラーゲンの「ボディサイズの現実味の無さ」に比べると遥かに体との一体感がある。
総評
個人的見解や偏見や趣味性全開の当サイトのレビューだが、「コケットはアメリカを代表する車」だという意見に反対の読者はきっといないと思う。
これまで様々な国産車を紹介してきたが、アメリカ自動車メーカーのビッグネーム達のその多くに言えることは、「あまりに色んな顔を持ちすぎていてメーカーの固有名詞的車が少ない」ということに尽きる。
例えば、グロッティ、ペガッシ、オセロットのようなスポーツカーしか造らないメーカー、ベネファクター、ウーバーマフトのような高価格帯の車しか造らないメーカー、ガリバンターのようなSUVしか造らないメーカー…と言うような、あまりに明確すぎるブランドコンセプトを掲げるという尖った経営方針をとることにメリットを感じていないのだと思う(結局のところそれらもグループ経営戦略のひとつに過ぎず、またデクラスで言うところのアルバニーやインポンテのような例もあるが、あまりに親元の介入・グループ経営の印象が強い)。それはよく言えばフットワークが軽く器用でユーザー志向だが、悪く言えば見境がない、コダワリがないというイメージを匂わせてしまう。
だがその点、コケットはあまりに特異だ。
正直、デクラス社はコケットを生み出した当初はここまで自社を、ひいてはアメリカを代表する車になる事は予想できなかったに違いない。
その始まりはあくまでヨーロッパ製スポーツカーの猿真似とも言えるもので、何ともマッスルカーの起源に遠からずというもの。下手をすればそれらと同じ中途半端な10秒レーサーだと嘲笑されていたかもしれない。
だが、コケットのあまりに微妙な出来に辟易とし、ヨーロッパに赴いたコケット開発チーム。ゼッケンの付いたファミリーカーがオーバルのダートトラックをグルグル回るようなレースごっこではなく、エンジンにタイヤが付いただけのスポーツカーが本能むき出しで鎬を削る“本当のモータースポーツ”を目の当たりにし、それらを入手し徹底的に研究し尽くした。
「自動車産業界の絶対的王者」だったデクラスが、経営規模もセールスも桁違いに小さいヨーロッパ車メーカーを真剣に研究するという、当時では一切考えられないような英断。
結果、非の打ち所のない走りと抜群のユーザビリティを高い水準で両立させた名車・コケットシリーズを60年以上に渡り造り続け、アメリカ人に「走り」という最高の娯楽を今日まで提供してくれるデクラス。その贅沢で、飽くなき人類の叡智の結晶がコケットなのだとしたら、アメリカを代表する車である事実は未来永劫変わらないであろう。
[↑乗ったら最期!アクセルを離すのが嫌になってしまうだろう。この代からコケットは、サンアンドレアス州における自動車保険料ランキングで「ブラヴァド・バッファローS」を抜いて1位に躍り出た。]
[↑オラオラ系フェイスも、食事中は心なしか表情が穏やかである。]