Vol.24 サイバー・コンパクト -1981 Dinka Postludo-
ディンカ ポストルード
“日本車”の恐ろしさ
ポストルード、あるいはディンカの名前を耳にして多少の嫌悪感を感じたあなたは筋金入りのデトロイト・フリークだろう。あるいは、その名前に思わず背筋が伸び、恍惚の念を感じたあなたは、70〜80年代に新しいモノ好きとして、移り行く時代に心を踊らせたサイバー・フリークだろう。
2000年代に音を立てて崩壊したビッグスリーの未来は、既に'70年代後半には決定付けられていたと言っても過言では無い。かつて自動車の何たるかを全て手中に収めていたと思い込み胡座をかいていたビッグスリーは、既にあらゆる面で輸入車に遅れをとっていた事に気付くことができていなかった。
伸びきった彼らの首を切り落とすべく猛烈な勢いで迫り来る輸入車勢の先頭は、コンパクトで低価格、スタイリッシュで先進的なディンカの2ドアクーペだった。
耳が早いカーフリークは既にそのベールの下に隠された数え切れない程の“最先端”の噂をキャッチしていた。狭いながらも自動車大国である日本国内で繰り広げられた熾烈な開発競走は、他国ではなし得ない急速な技術発展を生み出し、ガラパゴス的に進化しきった状態で世界に放たれた。
基本的なスペック
販売期間:1978〜1982年
ボディタイプ:2ドアノッチバッククーペ
乗車定員:4名
エンジン:1.8ℓ 直列4気筒 SOHC
最高出力:97ps
サスペンション:前後 マクファーソンストラット
駆動方式:FF
変速機:5速マニュアル
全長:4080mm
全幅:1630mm
全高:1300mm
ホイールベース:2310mm
車体重量:890〜915kg
生産台数:31万6000台
最新技術の集合体
当時ディンカの大成功を担った傑作、ブリスタは高いクオリティと低公害エンジンを有する高性能なコンパクトカーであったが、いささか長距離ドライブにおけるボディ剛性に難があり、小さすぎるボディにハッチバックのスタイルは高級感に欠け、専ら若者〜ミドル層のシェアに留まっていた。
また、同時期にアメリカに上陸したドイツ製の似たコンセプトのコンパクトカーの台頭により次第にセールスが伸び悩み始めていた。
それに伴いディンカは、次なる手を打つ必要に迫られていた。それは日本国内でも同じ状況であり、彼らはかつてブリスタによってシェアを奪いにかかったライバルであるカリンやアニスの様にアッパーミドルクラス以上のラインナップを持っておらず、それらに対抗できるモデルの開発に着手する。
元々バイクメーカーであった彼らがれっきとした自動車メーカーに成長する過程で産み出された作品が、今回ご紹介するポストルードである。
モノコックボディにサブフレームを取り付けた構造であったブリスタから一転、サブフレーム一体型のモノコックボディと二重構造のフロントピラーを採用しボディ剛性を飛躍的に向上。この車格においてこの構造は当時として異例なものである。
足回りは前後ともにスタンダードなストラット式であるが、滑らかなストロークを実現するべくスプリング軸に対しダンパー軸をオフセットマウントし、乗り心地を犠牲にせずともソリッドに仕上げる事に成功。操縦応答性を高めるべくフロントサスペンションのバンプステア領域を意図的に高く設定し、結果的にFFでありながらアンダーステアを抑え、コーナリング限界時にはリアから先に滑り出すFRのような挙動を獲得した。
このコンセプトは当時の「高性能車=後輪駆動」という常識を持っていた各国の自動車メーカーに衝撃を与え、後の前輪駆動車成熟期におけるベンチマークとして確立される。
エンジンは1.8ℓの直列4気筒を横置きにマウント。ポストルードのスタイリングの特徴であるショート&ローのノーズを実現するべく前に14°スラントされた形で配置された。また、パイピングのレイアウトの自由度にも貢献し、給排気の効率化に寄与した。酸化触媒付きエンジンに進化した最終型である本車は当時最も優れた環境性能を持ちながら、97psの出力を誇る。
実際に乗ってみた
エクステリアを堪能していこう。世界中からの輸入車が総じて醜くなってしまった憎き5マイルバンパーをここまでスマートに組み込んでしまった車は他にあるだろうか?事実、本国日本でもこのバンパーは標準装備となり、ディンカは他メーカーよりアメリカナイズされたデザインをセールスポイントとするまでになった。アメリカで勃興したJDMブームに時を同じくし、日本における'90〜'00年代のUSDMブームの主役がディンカ車だった流れは、既にこの時期から確立されていたと言っても過言ではないだろう。
“高級感”の獲得に車格の拡大やメッキパーツではなく装備品の強化で挑んだディンカ。そのメインウェポンは日本国内で初の採用である電動サンルーフの標準装備。当時の各国ですらウーバーマフトやアルバニーの上級モデルでの採用に留まった装備を携え、「スペシャリティカー」を標榜した。
初めからデザインに採り入れられたオーバーフェンダーは、全て直線で形作られたこの車に唯一存在する丸みを帯びた箇所。ジェントルな雰囲気を纏うエクステリアにスパルタンなアクセントを与え、ロー&ワイドなイメージをより強調している。
リアエンド面積に対しかなり大きなテールライトはクロームメッキに縁取られ高級感を漂わせる。サイズに伴いウィンカーもバックライトも大きく、ひと目で周囲にアピールできる点で安全性も高いだろう。
レザーの内装も高級感抜群。現代の基準から見るとかなり立ったAピラーは空力的には不利だが、身長178cmの筆者が1300mm台の全高の車で経験した事が無いほどに頭上の空間に余裕がある。また、前述したサンルーフはルーフ面積に対し相当に大きく、そこから入る日光が車内を明るく照らすため、より開放感が生まれ窮屈感を霧散させている。
独特の形状のシートは充分なソリッド感が確保されているが、欧米人の体格には背面部の面積が少々物足りない印象を受けた。サイド部の盛り上がりは腰を包み込むと言うより「挟み込んでいる」といった感じで、体格によってはそのホールド性が充分に発揮されず、むしろ邪魔な存在に感じられてしまうかも知れない。しかしながら、頻繁に料金所が設置されている日本の高速道路事情を反映してか、肩部の盛り上がりは抑えられ、窓から外部へのやりとりは非常にスムーズ。
ただし、後席の居住空間には期待してはいけない。2+2クーペは前席優先であるという常識は現代では薄れつつあるが、ベンチシートを備え後席も充分なスペースが確保されている事が常識であったアメリカ製2ドアクーペのユーザーからは冷ややかな反応であった。だが、既にブリスタの功績によりコンパクトカーの用途が浸透していた都心部のユーザーやミニマム思考の若者層には快く受け入れられていった。
元より細いピラーに囲まれた車内は物理的に窮屈ではあるが圧迫感は薄く、またサイドパネルの傾斜も最低限に抑えられ、充分に確保された頭上スペースもあいまって大人ひとりの乗車であればそこまでのストレスは感じないだろう。基本的に1人ないし2人の乗車がメインで、たまに友人を後席に乗せる程度の用途であれば必要十分だろう。
特筆すべきはラゲッジルーム。車体のスタイリング的に深さは少々物足りないが、ディンカ車は何より奥行が抜群。後席の背面部ギリギリいっぱいに抉られたスペースはカップルが1週間の旅行に出かけられる程余裕がある。また、リアサスペンションに採用されているマクファーソンストラットは機構自体がコンパクトであるため、ホイールハウスの張り出しも抑えられており、かなりの大物も入ってしまう。
街に繰り出そう。
エンジンは当然キャブレター。今回は彼の機嫌が少し悪かったようで、2回ほどリトライし始動。低排気量の4気筒エンジンのイメージとは少し違い、ローエンドな重低音に近いアイドリング音に驚く。
特殊な位置にマウントされたダンパーおよびフロントサスペンションのクリアランス確保のためホイールハウスが張り出し、まるでピュアスポーツカーの様にペダルポジションは中心部寄りにオフセットされている。
かなり許容範囲が広く軽いクラッチで軽快に発進。97psと少々心許ない印象の最高出力に対し、14.3kg・mのトルクは3500rpmでピークを迎え、街乗りでは一切の不満はない。
手を伸ばせばそのまま地面をさわれてしまう程グッと低く抑えられたドライビングポジションは現代の車では体感できないスポーティさ。信号待ちでの周囲との視野高の差はプロジェンの車に乗った時に感じた場違い感を思い出す。横並びの車のドライバーから文字通り「見下ろされる」感覚はスーパーカーなら誇らしいが、コンパクトクーペは少々むず痒い。
細い道が雑多に引かれたバインウッドをスイスイ駆け抜けるポストルード。トルクフルなエンジンは気まぐれに現れる登り坂を駆け上がり、110°の突き当たりをグイッと曲がる。対向車にも気を遣う必要はない。
足回りはそれなりにソリッドである事に違いはないが、そのニュアンスには一癖ある。ドライバーの足元をオフセットに押しやるくらいには大きくせり出したホイールハウスは相当な許容量をスプリングに持たせているが、それはフランス車の様なフワフワな乗り心地を生むためではなく、サスペンションの限界域を拡大し、路上からの突き上げを食い止める目的がある。低く設定した車高によってホイールハウスにタイヤがヒットするのを防ぐために足回りを固めるのではなく、固めた足回りによって生まれる問題を先回りして解消しているのである。
これにより、「粘らず、受け流す」と評された独特のコーナリングフィールを体感することができる。
コーナーからの立ち上がりにも一癖。前輪駆動車は構造上、アンダーステアが着いて回る。電子制御や4輪操舵は当たり前の現代ならともかく、まだあらゆる機構が未成熟であった当時はその問題解決には程遠く、高級セダンやスポーツカーに採用される例はほとんど無かった。
しかし、ポストルードのその足回りはむしろ、立ち上がり時にオーバーステアの兆候を見せる瞬間すらある。
フロントヘビーになりがちな特性を逆手に取るかのようなサスペンションの運動は、まるでドライバーに荷重移動のイロハを走らせながらレクチャーしてくれているようだ。伸び側のレートをソリッドにセッティングしたフロントサスペンションは前輪のトラクションを確保し続け、ステアリング操作を素直に路面に伝える。
ストレートでエンジンをぶん回す。バイクメーカーとしてマン島で暴れ回ったディンカのエンジンテクノロジーは伊達じゃない。レッドゾーンまで一直線に吹け上がる4気筒はまさに自然吸気エンジンの美味しさが詰まったフィーリング。高回転においてもエンジンは悲鳴をあげることなくギュンギュンに回り、そのポテンシャルはむしろサーキットで試してみないとわからないレベルだろう。60mileでの巡航にも不自由することなく、安定したトルクを発生し続ける。オーナーいわく、燃費も11km/ℓ程度と現代車に肩を並べられるほど良好で、もはやクラシックカーと呼べる年式に突入したこの車でもランニングコスト面でハードルは決して高くない。
勿論、100psに満たないパワーはスポーツカーのような爽快感は無いものの、車体全体を包む軽快なエンジン音と共に、秀逸な足回りのおかげで車体が路面をなぞるように加速する感覚で、体感スピードは何倍にも感じられてしまう。ストロークの大きなガチっとしたシフトは、操作を繰り返す程にこのエンジンの様々な声を引き出し、まるで車と対話をしているかのようだ。
退屈な長距離ドライブとはオサラバ。ポストルードと腹を割って話しながら大陸横断に出かけよう。
総評
ディンカはアメリカ人の心を掴んで離さない。SF映画や宇宙開発、インベーダーゲームに胸を踊らせた'60〜'70年代生まれの少年たちの目には、当時のアメリカ車は生ガスを撒き散らしながら走るタイヤ付きの冷凍庫に見えた事だろう。スタイリッシュでクリーンなディンカのコンパクトカーは保守的な層には受け入れられず、日米貿易摩擦の台風の目と揶揄されたが、柔軟な感覚を持つ若者にはまさしく未来の車そのものだった。
その新しさは車の枠を越え、ファッションやカルチャーの一部として親しまれる存在になっていく。バインウッド女優や有名ミュージシャンがこぞってポストルードを乗り回し、高級車や毛皮のコートで作られた「虚飾で飾り立てたアメリカ」に反旗を翻す。そんなドラマの役者のひとりとしてこの車は大陸を隅々まで走り回り、愛された。かつてのBF ウィービルのように。
高価な電子制御で武装したサイボーグカーに食傷気味なカーフリークは是非この車に乗ってみることをオススメしたい。40年前に技術者たちが描いた未来の車と、その「未来」の車に乗る我々。
答え合わせといこうじゃないか。